Vocaloid Opera THE END

感動しました。

思い出しても胸がザワザワする。歴史に残る一場面に遭遇した気分です。

Operaの特徴である、歌い手がマイクを使わない生の声とオーケストレーションとの共演という核になる部分が一切ないこのOpera。しかし、これはまさしくOperaでした。

Operaを歌い、世界のオペラを観てきたからこそそれが理解できます。

今までも多くの人がOperaを変えたい、新しいOpearを制作したいと躍起になってきたと思います。それを、今、この時代に生きる日本人が、まさに、日本人にしか作れないまったく新しいOperaを作成したことに驚き、心から喜んでいます。

これは、世界が驚愕する新しい芸術だと思います。

渋谷慶一郎さんには、ただただ敬服します。

世界のOperaシーンは、多く人々が理解するクラシックの世界とは真逆のアヴァンギャルドでミニマルでコンセプチュアルな方向にすっかり向かっています。ビデオアーティストのビルヴィオラが、2005年に「トリスタントイゾルテ」の演出をした時には、心臓が飛び出すくらい感激しました。また、Bregenz Festivalの演出も度肝を抜かされます。

今までは「古典文学をどう新しい解釈で演出するか」のテーマでもがいていたOperaの世界を、渋谷さんはまったく別の、でも、間違いなく本物の、そしてコンセプチュアルアートとしてのOperaを作り出してしまったんではないでしょうか。

初音ミクという2次元アイコンの心に巣食う「終わり」への恐怖と矛盾の葛藤を、このような形で人の心の中に浸透させてしまったこの作品に、ただただ驚異お覚えます。その浸透がゆっくりジワジワくる感じには恐怖さえ感じます。

また、日本語と英語の字幕による台詞は単純で詩的で難解で哲学的でとても美しかった。

この作品を作曲した渋谷慶一郎さんはOperaは「死んだメディア」だと解説しています。Operaを歌う者にとってちょっと衝撃を受ける解釈でしたが、死んでいるのに、なお、人々を魅了して惑わす力のあるOperaに携わっている一人として、とてもチャレンジングでスリリングな世界の幕開けを見た気がします。

初日にお伺いし、終演後は心が落ち着かず熱が出るありさまでした(会場が寒かったから?)。しかし翌日になっても心のザワメキは収まらず、翌日にもう一度観たかったのですが予定が合わず断念。このままザワメキが収まらなかったら、パリまで観に行こうかな。

終演直後、次回公演予定のパリのシャトレ座館長のブラボーが場内に響きました。

写真

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